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2008/04/19

聚楽台 新計画

2ずっと前からある以前撮った「建築計画のお知らせ」の写真を再掲する。

気になるのは、
『地上2階 地下4階 / (道路レベルより地上4階 地下2階)』
とあることだ。

謎の表記であるが、おそらくこういうことだろう。

現在の聚楽台のある建物はご存知の通り上野の山の斜面に埋め込まれている建物で、屋上は上野公園とは地続きになっている。
つまりは、西郷像のすぐ脇は公園の延長に見えて実は屋上である。

計画では、おそらく、その現在の屋上部分からさらに、2階建て分の建造物が建つという意味らしい。

現在、西郷さんは、上野の街を見下ろしているのだが、この計画では、眼前にビルが立塞がることになる。
これは大問題で、5年近くの工期の遅れは、おそらくこれが原因だったのだろう。

だが、工事がついに決定した。何故だ?

ワタクシはこう思う。

新しいビルの屋上に西郷像を移設するという新計画に変更したのだ。

もしそうであるのならば、ものすごいことである。

クレーンで吊り上げられるであろう西郷像は、これは、たいへんな見ものである。
上野の住人としては、フセイン像が倒された以上の衝撃である。

大いなる期待を持って新計画の詳細情報を調査したい。

以上 稲荷町通信社がお伝えいたしました。

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コメント

稲荷町通信社御中
確かにこの建物を建て替えとなると西郷さんの行方が気になりますねえ。
もっとも屋上になると山手線からは見えても公園からは見えづらくなる気がします。う~ん、どうなるのやら…。
聚楽は寂しいですが、せっかくだからシネコンとかになりませんかねえ。。。

投稿: あんみつまめ | 2008/04/20 00:49

東上野通信御中

上野公園側からは、西郷さんが見えづらいとのご指摘。

さすがに、見やすいように、巨大な西郷像を作り直すわけには行かない。作者が大巨匠でしかも歴史的重要有形ただならぬ大切大事オブジェであるからして。

そこで、顔面しか残っていない上野大仏を体ごと復元し、屋上に西郷像と並べてはどうか。

上野大仏は、あの顔の大きさからすると、全体像は、西郷像より遥かに巨大となり、目立つことこの上ない。

これもたいへんな見ものである。
上野の住民としては、くいだおれの閉店以上の衝撃である。

うーん、実際はどうなることやら。

シネコンの件でありますが、あの建物の経緯からして、上野松竹が乗り出す可能性もなきにしもあらずでありますです。

投稿: sug | 2008/04/20 02:17

むむむっ?(・_・)

稲荷町通信社御中

へぇ~ 西郷さんが屋上にぃ~ ふぅ~ん

・・・。

にゃにぃ!怒 なんですとぉ!!!?
上野の山の西郷さんは、あそこにいるからサイコーさんよ!
違った・・・ サイゴーさんっ!
(T_T)そんなバカな・・・ 屋上なんて・・・
え”・・・・ 西郷大仏? (・_・;)汗
アタシとしては・・・・
この時代として・・・
いっそこの際、
クローン1号、2合、さい号、違った3号(←シツコイ)
なんて(・_・)どやろか?  ♪

投稿: みっちゃん | 2008/04/20 20:53

こんにちは!
>>上野の山の西郷さんは、あそこにいるからサイコーさんよ!
>>違った・・・ サイゴーさんっ!

そうです。その通り。

時は明治31年、西暦1896年12月18日、西郷隆盛像の除幕式。作は高村光雲。連れている犬は後藤貞行、作という大巨匠であります。大正、関東大震災、昭和、大東亜戦争、東京大空襲にも倒れずに今に至る健在ぶり。

夢を抱きつ上京し、西郷像に思いを誓った人は、数知れず。
まさに、この地にあってこその上野の象徴なのであります。
(ぱんぱん!)

........

だから、ま、本当のところ、屋上への移設はないと思います。
でも聚楽台の建物の工事は決定。
果たして結果はいかに!?

上野大仏というのは、寛永8年(1631年)に建てられたもので、関東大震災に壊れ、今は顔だけ残っているというものです。高さは6mあったそうです。

投稿: sug | 2008/04/21 05:10

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